Hair Salon A のルーツ:カンボジアでの挑戦


2013年、私は美容師としての挑戦を求め、アンコールワットの街シェムリアップに渡りました。

実は、そこには当時お付き合いしていた彼女(今の妻)がおり、彼女を追いかけるのが目的で、正直なところ、行くことには戸惑いもありました。しかし、手に職を持つ美容師だからなんとかなるだろうという確信があったのも事実です。慣れない土地で彼女と共に生活し、現地で結婚しました。人生のパートナーと共に、美容師としての挑戦を続ける日々が始まったのです。

カンボジアでの7年間、私は「Hair Salon A」を経営する傍ら、日本に一時帰国する際には、南青山の「Affinita」で途切れることのなかった日本のお客様を施術していました。 さらに、美容室の入った2階建ての物件の1階では、友人が営んでいた写真スタジオを引き継ぎ、観光客にカンボジアの伝統衣装を着て写真を撮るサービスも運営していました。美容学校の教員時代に写真を学んだ経験と、美容と写真が持つ「美を引き出す」という共通点から、この事業は私にとって非常に良い経験となりました。

また、内戦で途絶えかけていた伝統的な絹織物の復興を目指すカンボジアのNGO「IKTT」のファッションショーでは、毎年ヘアメイクとメイクのお手伝いをさせていただきました。大規模なショーだったので、現地の美容師や日本の美容ボランティアにも手伝ってもらい、国境を越えた美容師との交流が広がりました。

面白かったのは、アンコールワットに観光に来た美容師や美容関係者、ハサミの研ぎ師さんなどが「日本人がやっている美容室」として「Hair Salon A」を見つけて、興味津々でカンボジアでの美容の話を聞きに来てくれたことです。そのおかげで、日本にいた頃よりも多くの日本全国にわたる美容師さんと交流を深めることができました。 この多角的な経験が、今の私の美容師としての土台となっています。

この美しい街でオープンした美容室の名前は、今と同じ「Hair Salon A」。7年間で施術したお客様は、カンボジア人が1割、残りの9割は世界中から集まった日本人を含む外国人でした。老若男女、本当にさまざまなお客様との貴重な出会いがありました。

個性的なお客様から、お子さん、おばあちゃんまで、それぞれのライフスタイルやご希望に添えるよう努めてきた経験は、何にも代えがたい財産となっています。

世界遺産アンコールワットの街で、旅行業を営む様々な国籍の人々に信頼していただき、7年間で3000人以上もの日本人とは異なる髪質と向き合い続けた経験は、今では何にも代えがたい財産となっています。

当時、現地のカット代は1.5ドルが相場でしたが、私たちは日本の美容師としての技術と、自分たちの生活を維持するために、15ドルという価格を設定しました。カンボジアの方々の生活水準と比べると、高額であることは承知の上でした。日本で当たり前だった最低限の生活を続け、さらに年に1〜2回は日本に帰るための費用を貯める必要があったからです。

そんな中でも、お店を知ってもらうために、最初は「カンボジア人限定100人フリーカット」を企画。しかし、「やってほしい」と言ってくれるお客様の期待に応えたいという気持ちから、帰国までの7年間で、結局500人以上のカンボジアの方に無料でカットをさせていただきました。 この経験から、技術と同じくらい「お客様一人ひとりと向き合う心」が大切だと改めて学びました。 このカンボジアでの経験こそが、今の「Hair Salon A」の原点です。

ここで培った技術への飽くなき探求心、お客様一人ひとりと真摯に向き合う心、そして美容師としての揺るがない哲学は、国境を越え、今の私の中に息づいています。 

今、東大和で「Hair Salon A」を再出発させるのは、カンボジアで得た温かさと情熱を、この場所で、そしてこれからの仲間と共に分かち合いたいと強く願ったからです。

現地での結婚式のヘアメイクやIKTTのファッションショーのヘアメイク

世界のサロンからという特集記事で連載していました

息子をおんぶしてお仕事していました

お客さまとの日常は笑顔でいっぱいでした

フォトスタジオもたくさんのお客さまに来ていただきました

カンボジア人限定フリーカットの様子

最後までお読みいただき、心から感謝申し上げます。
カンボジアでの経験、日本へ想い、すべてが詰まったこのHair Salon Aで、
皆さまとお会いできる日を楽しみにしています。


AKI SUZUKI